ネガティブスパイラル

1.ネガティブスパイラルとは

ネガティブ・スパイラルという言葉は、ここ数年、経済状況悪化の話題の際にしばしば耳にし、もはやなじみの言葉となっています。脱出しづらいマイナス志向の精神状態を表現するためにも多用されていますが、まずは経済現象でご説明するのがイメージが湧きやすいでしょう。

経済領域では、ネガティブ・スパイラルという言葉ではなく、デフレ・スパイラルという言葉が正式なようですが、デフレ・スパイラルとは、物価下落と景気悪化がスパイラル(螺旋)的に進展していくことです。デフレとは物の価格が下がることですが、物の価格が下がると給与が下がり、給与が下がると消費が控えられるようになって物が売れなくなり、物の価格がさらに下がるという悪循環過程に陥ります。この現象をデフレ・スパイラルといいますが、これになぞらえて、精神におけるネガティブ・スパイラルをご説明しましょう。

「ネガティブ」とは物事に対する認知がマイナスに傾いたり気分状態が落ち込んだりすることを指し示しますが、物事に対する認知がマイナスに傾くと、気分が落ち込みます。気分が落ち込むとプラスに考えられなくなり、さらに物事に対する認知がマイナスに傾きます。人間の精神構造はこのように認知と気分とが連動していますが、これが上記のメカニズムで、ネガティブな方向ばかりへと螺旋状に落ちて行き抜け出せなくなる現象を「ネガティブ・スパイラル」と称します。

 

 

2. 認知療法

ネガティブな認知を改善する治療法の一つとして、認知療法があります。これはアメリカのアーロン・ベックという精神科医が、1963年にうつ病を治療するために考案した療法ですが、その後、その有効性が認められ、多くの工夫がなされて、今では様々な精神疾患に対する強力な治療法として広く実践されています。簡略化してそれをご紹介しましょう。

[状況A]私はまた女性にふられてしまった。

[自動思考]私には魅力が欠如している。

      私には女性とつきあう資格がなんだ。

[合理的反応]たまたま相手と相性があわなかっただけだ。

      何度かつきあううちに、相性のいい相手とも出会える。

[状況B]私はまた上司に叱られた。

[自動思考]私には能力がない。

      私なんかが会社にいてもみんなに迷惑をかけるだけだ。

[合理的反応]上司から叱られた点を改善することで、

       私のスキルは向上する。

       叱られれば叱られるほど、私は仕事ができる人間になれる。

以上のように、ネガティブな認知形態になっている「自動思考」を「合理的反応」というポジティブな見方を導入することによって、ネガティブな認知形態の打破・改善をもたらそうとする手法が認知療法です。

 

3.ネガティブ・スパイラルに陥ったらすみやかに受診を

ですが、ネガティブ・スパイラルに陥っている時には、「合理的反応」というポジティブな見方をすることができません。たとえば、治療者から「たまたま相手と相性があわなかっただけで、何度かつきあううちに、相性のいい相手とも出会えますよ」と言われたとしても、 「いえ、たまたまではありません。二度あることは三度あると申します。次もまたふられる可能性の方が高いのです」とネガティブに考えるでしょうし、また、治療者から「上司の方から叱られた点を改善することで、あなたのスキルは向上します。いわば、叱られれば叱られるほど、あなたは仕事ができる人間になれるのです」
と言われたとしても、「いえ、私には叱られた点を改善する能力なんてありません。そのような能力があれば、とっくに叱られなくなっています」とネガティブに考えるでしょう。

すなわち、ネガティブ・スパイラルに陥っている時には認知がネガティブ一色に染め上げられていて、湧いて来る考えがすべてネガティブな方向性を荷っています。

蟻地獄に落ち込んだような脱出不可能な悪循環。

これこそがネガティブ・スパイラルの実態なのです。

したがって、ネガティブ・スパイラルに陥っている状態には、さすがの認治療法もその効力が及びません。 ネガティブ・スパイラル現象が起きる典型的な病気はうつ病ですが、うつ病以外でも、パニック障害、神経衰弱状態などでも起こります。ネガティブ・スパイラルに陥ったらすみやかに医療機関を受診しましょう。適切な薬物療法によって、ネガティブ一色に染め上げられている認知を改変し、ポジティブな認知の可能性を開くことができます。

脱出不可能な悪循環を断ち切り、ネガティブ・スパイラルから抜け出して、認治療法の効力が及ぶ領域へと救い出すことが可能となるのです。