1.定年後にうつ病を発症しやすいのはなぜ?
会社員の方など、一つの組織体に勤め続け、定年を迎えたあとにうつ病を発症するケースの少なくないことは、広く知られている事実かと思います。
なぜ定年後にうつ病を発症しやすいのでしょうか?
勤務している間は組織体=職場に帰属し、職場から勤務評価がなされます。すなわち、職場とは役割遂行に関して評価=賞罰が与えられる場であり、職場は一種の評価系とみなすことができます。そして、実は、この評価系から役割を介して賞罰が与えられることにより、「気持ちの張り」が維持されているのです。「賞」が与えられることよりも「罰」の与えられる方向にバランスが傾いてしまいますと、うつ病を発症する危険性が高くなりますが、その一方で、賞罰が存在しない無重力的な場に置かれても「気持ちの張り」が維持されなくなって、うつ的状態に陥る危険性が高まります。
人はただ一つの評価系に帰属しているとは限らず、むしろ、家庭という評価系、趣味のサークルという評価系など複数の評価系に帰属している場合の方が多いでしょう。しかし、どの評価系からの評価も同じ重みを持つわけではありません。その中では職場という評価系からの評価はことさら重いものでしょう。定年退職すると、長年にわたって帰属していたこの重要な評価系から急に放り出される事態が生じ、「気持ちの張り」の維持が困難になりやすいのです。
さらには、うつ病になりやすいタイプはもともと趣味が乏しく仕事一筋に生きて来た人である、という見方は今や通念になっていますが、そのような人の場合、帰属している評価系が職場という評価系に限定されているため、職場と縁が切れることで「気持ちの張り」の維持はいっそう困難となり、うつ病に陥りやすくなってしまうのです。
これが定年後にうつ病を発症しやすい理由です。
2. 定年後うつ病にならないためには?
では、その予防策は何でしょうか?
これまでのお話から容易に想像がつくように、帰属する評価系を複数作っておくことです。多くの人は忙しい50代に新たな趣味を作る時間もエネルギーもないため、退職して十分な時間ができてからボチボチ始めようと考えているのではないかと思います。しかし、退職してほどなくすると、「気持ちの張り」は低下し、新しいことを始める気力がわかなくなってしまいます。こうして、趣味を獲得できないまま、すなわち新しい評価系に身を置くことなく、無気力な状態でいたずらに時間だけが過ぎて行くことになります。
したがいまして、定年退職の5~10年前から定年後に向けて準備をしておく必要があります。私事で恐縮ですが、私は数年前から楽器(ジャズドラム)を習い始めました。私の場合、この50の手習いが将来的にどのような効力を発揮してくれるのかは未定ですが、上記のメカニズムからして、50代の忙しい最中であったとしても、定年後に勃発する不連続的変化への備えは開始しておくべきなのです。