はじめに
心身の不調を感じてその専門科を受診しようと思った時、世の中には精神科と心療内科があることに当惑し、どちらの科を受診していいのか悩まれる方も少なくないと思います。
精神科は「精神」の科という名称になっているので、精神疾患を扱っている科ということはすぐにわかるのでしょうが、
心療内科って何だろう?
「内科」という言葉が入っているのでやっぱり内科?
でも、うつになったら心療内科にかかってくださいと言われているし、精神科というと精神病のような重い病気の人が行く科じゃないのかな。
自分はそこまで重い状態だとは思わないけど。
と、迷い始めてしまうのではないでしょうか。
そこで今回は、精神科と心療内科の異同についてお話いたします。
精神科とは
精神科は300年以上の歴史を持った診療科です。長らく入院治療が中心でした。入院治療といっても、近年に至るまで治療薬がなかったために、もっぱら静養によって病状の安定化を目指したものと言えるでしょう。
それは確固たる治療法がない状況下での入院ですから、ともすると病状の重い方を社会から隔離するという側面があったことは否定できず、それが精神科なのだという見方が社会的通念になっていた時代も長かったと思われます。
このような歴史的イメージが精神科には付きまとうため、精神科は重い病状の人が受診する科なのではないのか、という懸念も生じるわけです。
しかし、1952年にクロルプロマジンが統合失調症に有効であることが見出され、さらには1957年にイミプラミンがうつ病に有効であることが見出され、以降、精神疾患の薬物療法が可能となりました。
現在では、薬物療法をベースに、認知行動療法、諸種のカウンセリングの併用によって治療が行われています。
ことにここ数年、うつ病が社会に広く知られるようになり、うつ病患者の受診者数が増える一方、軽症のうつ病も多くなり、抗うつ薬の種類の増加ともあいまって、治療の中心は外来治療となっています。20年、30年前と比べて精神科のハードルは低くなりつつあります。
心療内科は精神科とはまったく異なる科として誕生しました。心療内科とは何か?ということについては、日本心療内科学会の公式サイトで末松弘行先生が『心療内科とは』というタイトルのもとにその歴史を説明されていますので、それを引用いたします。 以上のように心療内科は、体の病気の発生に心理的な要因が関与している場合に、身体的な治療とともに心理的な治療を行う科として発足しました。したがって、体の病気を心療内科では治療対象とするけれども、精神科では治療対象としない、という点が両科の最大の相違点です。
心療内科とは
『人を身体面だけでなく、心理面や社会面などを含めて、全人的に治療しようとするのが心療内科です。まずは心療内科の医学における歴史や経緯を振り返ってみましょう。
すでに、2400年も前に、ギリシャの哲学者プラトンが「心の面を忘れて体の病気を治せるものでなく、医者たちが人の全体を無視しているために、治すすべを知らない病気が多い」と述べています。ことに、ルネッサンスの後に自然科学が発達してきて、19世紀にコッホが病気の原因として細菌を発見したころからは、すべてを唯物論的に考えるようになりました。そして、心の面を考えることは、むしろ邪道とされたために、心と体を含めた全体としての人を忘れたゆき方が主流となり、かつてプラトンが警告したような事態が著しくなってまいりました。そこで、このような傾向への反省として、全人的ケアをする心療内科の必要性が認識されるようになってきたのです。ですから、心療内科は比較的新しい科で、わが国で九州大学に心療内科が初めて創設されたのは約50年前です。
もちろん、心療内科は「心理的な原因のみで体の病気が起こる」というような、行き過ぎた精神主義に基づくものではありません。病気の身体面でのデータを十分に踏まえたうえで、これに影響している心理的・社会的な因子の役割を正しく評価して、病人全体を治そうとするものです。ですから、親学会の日本心身医学会は日本医学会に加入を認められています。そして、様々な心療内科的治療法は保険で採用されています。
心療内科を受診されると、まず、身体的な診察や検査があり、同時に心理テストや心理・社会面での面接があります。そのうえで、必要とあれば身体的な治療もしながら、さまざまな心理療法などの心療内科的な治療が行われます。つまり、「病気を診るより、病人を診て」心と体の両面から治療する、それが心療内科です。』
この引用文の中で押さえておくべきポイントは、
1)<ギリシャの哲学者プラトンが「心の面を忘れて体の病気を治せるものでなく、医者たちが人の全体を無視しているために、治すすべを知らない病気が多い」と述べています>と書かれているように、治療の対象となっているのは「体の病気」ということです。そしてそれを前提として、「体の病気」に影響を与えている「心の面」に着目する必要性が強調されています。
2)このようなプラトンの教えが古くから存在するにも関わらず、唯物論的な思考方法(すべては物質的に説明ができる、という立場)が長らく世の中を占めたために、初めて心療内科が創設されたのは約50年前(昭和38年4月)のことであり、心療内科は比較的新しい科であるということです。
精神科と心療内科の違いは?
しかし、この短い50年の間にも心療内科の体質は変化して行き、上記の末松先生の記載のような本来的な心療内科の体質を維持している医療機関もあれば、うつ病などの精神疾患を中心的な治療対象としている医療機関もあります。
したがいまして、心療内科はグルーバル化が進展している途上とみなせ、後者のような心療内科は端的に精神科と呼んだ方が良いのではないかと思われます。
一方精神科は、受診する際の心理的抵抗感・ハードルの高さという問題を長らくかかえて来ましたので、「精神科的心療内科」の出現をむしろ受け入れ、精神科と心療内科の両方を診療科として掲げることが多くなってきました。
以上から、「精神科と心療内科は同じ科?」という疑問に対しては、大学病院や大病院における「本来的心療内科」は別にして、巷の多くの心療内科と精神科との間に特別な相違はないのが実情である、と結論づけることができます。